|
活動履歴(個人含む) 1983ごろ大阪の町歩きと魅力の研究をはじめる。 |
会員等、受賞等、マスコミ、講演など 大阪まちプロデュース独自のものを中心に掲載。これ以外にNPO法人街屋集団で参加した「世界水フォーラム」講演やからほり倶楽部のまち歩きなどがあります 会員等 からほり倶楽部(からほり商店街界隈長屋再生プロジェクト) 理事
NPO法人街屋集団 会員 (NPO設立時理事)
NPO法人なにわ堀江1500 会員
OSK日本歌劇団 存続の会 会員
水都大阪を再生する会(水都の会) 会員
直木三十五記念館友の会・直木倶楽部 特別賛助会員
大阪文化団体連合会 会員
大阪府アーバンスタイルラボ 研究員現在活動自体が休止中等の団体
大阪都市協会 特別会員
天神橋筋商店街 まち街トラスト 元会員
ガーディアン・エンジェルス・ジャパン関西支部 サポーター会員
受賞暦 1995.11「道路愛称募集」(主催:大阪市)準入選表彰
1995.7写真 「SWEET水都100選」(主催:大阪市・大阪都市協会) 入選
1998.3小論文・ビデオ「大阪魅力百科発掘」(主催:大阪市)
優秀賞 優良賞 佳作出版物 著作 <執筆・寄稿>
2000.6〜 メールマガジン「omp通信」配信(ほぼ月1回発行)2004.12 「大阪力事典」(橋爪紳也編。創元社)長屋再生複合文化施設「惣」の誕生について執筆
2006.4 「大阪府文化芸術年鑑2006年版」(大阪文化団体連合会編・竹林館)、に「その場の価値を共有できる組み合わせ」寄稿。
<掲載・協力>
1999.3 大阪市都市観光課企画のガイドブック「大阪魅力百科わがまちウォーク」(JTB編)作成協力(部分タイトル考案、文・図校正)2002.3 冊子「博物的"新"大阪文化名鑑」(大阪ミュージアム文化都市研究会著・大阪ガス(株)エネルギー・文化研究所発行)に当ホームページ(トップ、大阪・関西にゆかりのある人物集、まちの骨格、大阪の掟)が紹介される。
2002.3 冊子「感性で織る大阪」((財)大阪都市協会発行)出版に際し、まちの有識者39名の1人としてアンケートに協力。
2003 「市民発・大阪まちづくり」((財)大阪都市協会発行)にて「いちどのぞいてみたいNPO・市民活動団体」に掲載
2004冊子「大阪の住民と自治」((社)大阪自治体問題研究所)に掲載
講演 2001.11.5 京町堀ほろ酔い倶楽部(イベント・文化仕掛け人学校主催)にて「ひとりからのまちづくり(大阪まちプロデュースの活動)」講演2003.6.12 「賃貸住宅フェア2003inOSAKA」(主催・全国賃貸住宅新聞/会場・南港インテックス大阪)にて講演
2004.6.2 甲南大学経済学部モダンエコン特論講義(前川知史先生)にて「経験と街づくり活動」講義。
2005.3.3 「第8回ビル経営サミットin福岡」(主催・(株)ビル経営研究所/会場・福岡市天神ビル)にて「九州活性化に向けた先進的取り組み」パネリスト出席。
2005.3 大阪市立難波市民学習センターにて市民が主役の街づくり講座「あなたの思いをまちに活かそう」講義・コーディネーター。
2005.10 上町台地からまちを考える会主催の「上町台地100人のチカラ」にて「市民の目からのまちづくり〜大阪まちプロデュースの考え」講演。
2006.3 「ひと・まち・夢im中之島」(主催:大阪市コミュニティ協会・ラジオ大阪)コメンテーター
2006.5 「枚方創造都市会議2006」(主催:枚方フォーラム 共催:天の川七夕星まつりの会)「からほり倶楽部と市民」事例報告
2006.11 はびきの市民大学(河内厚郎学長)「街角ベンチャー講座」にて「「まちこわし」は誰がするのか」講義
2007.1.27 muching vol. 1 つながってゆく「街」と「人」にて「まちは、専門家だけには任せられない!〜大阪好きが大阪を変える〜」講演
2007.3 大阪府民環境会議(OPEN)セミナーにて基調報告「まちづくりだからつながれる」講演
2007.4 NPO法人街屋集団にて「魅力いっぱい・大阪と大阪まちプロデュース」講演
マスコミ 1994〜5読者投稿 産経新聞(談話室・主張)(掲載多数)
2002.3高知新聞「大阪の中の土佐」
2002上方芸能「イベント・文化仕掛け人学校卒業生の活動」
2002.12.23毎日新聞「不況下の歳末商戦・ブランド品サマサマ」
2003.6.25読売新聞「装う・ノリはラテン系 御堂筋ブランド街にポスター」
2004.4大阪日日新聞「堀江レンガ倉庫」
2004.6NHKラジオ「空堀 貸 あーとぼっくす」
2004.6大阪日日新聞「大阪まちプロデュース」
2004.6日経新聞「北堀江、高級靴の街に」
2004.7朝日放送テレビおはよう朝日にて「心斎橋北堀江くつ通り」
2004.11「週間ビル経営」「効果的リノベーションで高稼働に」
2005.3「週間ビル経営」「ビル経営サミットin九州 速報]
2006.5G+(読売新聞のCATV)「読売ザKANSAI」「長屋を見直そう」出演
お問合せ 大阪市西区北堀江1‐6‐24Y'sピアアクセス心斎橋10階
山根エンタープライズ(株)内大阪まちプロデュース
TEL.06−6538−4880 FAX.06-6538-4889
omp@yamane-e.comメールマガジン「omp通信」(ほぼ月1回発行)配信希望の方は
その旨上記アドレスまでメール下さい。(無料)
1回が1万字を越えることもありますので、
携帯電話よりパソコンで読まれることをお勧めします。
主宰 山根 秀宣(やまねひでのぶ) 経歴 1965.11 大阪市都島区に生まれる。
1966.1 千里ニュータウンに転居。
1979 自宅から地元の中学校への最短距離を調べるときに、地図を自作したのをきっかけに、千里や大阪を題材にして、より理想化した空想地図を多数創作。(14歳前後)千里ニュータウンの構造を研究。
〜1982 中学1年文化祭で教室展示・「地球は生きている」リーダー。動く展示や光る展示で好評を博す。
高校2年体育祭デコレーション(高さ6mのクラスのシンボル人形)製作リーダーを務め、思い出の修学旅行を記念し「北海道のウシ」で優勝。
高校3年文化祭で教室展示・「お化け屋敷」リーダー。実際に水を張った池を作り「生首」が飛び出すなどリアルさを追求する一方、かがまないと通れない暗い狭い通路をつくり、歩き心地やコンニャクを顔に当ててヒヤッとさせる(臭くなり過ぎて途中でやめたが)など、
暗くなると敏感になる様々な感触でびっくりさせるなどして、最も好評を博す。(順位はつかず)
1983.2 課外活動の柔道と空手が腰痛でできなくなり、また一方で「大阪城築城400年祭り」に向けたサンケイ新聞の連載「進取のまち大阪」(堺屋太一氏)がきっかけとなり、大阪の町歩きと魅力の研究をはじめる。(同連載は単行本化され「先取りの群像・大阪―関西過去・未来考」(1983PHP研究所)となる。)1985.4 某国立大学経済学部にも合格するが、ポートピア'81など都市計画・都市経営の先進都市「神戸」に行きたくて、また祖母の憧れの名門であったことから甲南大学経営学部に進学。
1985.8 普通自動車免許取得時、同時に中型2輪免許も取得。
1986〜8 学生会館の学生自主運営を担当する業務に従事(副委員長)。学園祭などの企画も担当(副委員長兼パートリーダー)。学園祭参加者を広く募るため「前例が無い」との声を説得し、甲南大学・学園祭史上初めて、スポンサーをとる。
1989.3 甲南大学経営学部卒業。都市経営に関する卒論をまとめる。卒業旅行でアメリカ各都市を訪問。中でもシカゴ、ニューヨーク、サンフランシスコなど「歩ける街」が気に入る。(これまでにオランダ、ドイツ、スイス、オーストリア、フランス、オーストラリア、アメリカ、韓国、台湾を訪れる。)
1989.4 都市づくりに関連の深い、航空測量・総合建設コンサルタント会社に就職。東京支社に研修配属後大阪に正式配属。東京勤務時に猛烈なラッシュを経験。「東京一極集中で人が死ぬ」のを予感し入社論文に記載。(後に、列車転覆事故で現実となる)。また、どこにでも、深夜でも少年少女を含む多人数がいる異常な状況を体感し、新たな不健全性を感じる。(これも後に、援助交際などで表面化し、親の放任教育が問題になる)
大阪では緑のマスタープラン、親水水路設計などの設計業務や路面性状管理システムなどの企画・長期計画業務を好んで営業。営業成績が悪ければ、会社の為のどんな良い意見も聞いてさえもらえぬ会社にあって、会社の向上のための提言を受け入れさせるため、毎日深夜まで残業しつづけ、提案も多々聞き入れられた。必然的に営業成績は上がり、3年目には係長と同額をノルマとされるも半期で達成。退職時には「営業実績が同期で日本一だ」と部長に強く慰留される。しかし、ガツガツ営業するという感じではなく、好きなことは喜んで営業したが、それよりも客先に可愛がられ、自然と舞い込んでくる仕事が多かった。(こなすのが大変だった。)
1992.3 家の事業として育ちつつあった、不動産経営業・山根ビルエンタープライズ(当時)がバブル崩壊の影響で問題が多発し、サブビジネスとしてでできなくなりつつあり、退職してこれの唯一の専属従事者となる。
創業した父ほどの経験が無い分、創業からの資料をデータ化し、誰でも合理的判断ができる仕組みを作る。
一方退職時の溜まっていた有給休暇中に、小型船舶操縦士1級免許取得。同年11月、レーダー級海上特殊無線技師免許取得。何もしないと流れてゆく「船」は、それまでの地上の論理と異なり視野が広まった。4月から翌年3月、NHKテレビ放送で中国語習得。「項羽と劉邦」や「三国志」の中国への憧れで。
1993.5 中国(上海・蘇州・桂林・成都・西安・北京)を単身視察。各地・各人の生活格差に驚く。反日教育のひどさも体感。将来の分裂を予感。
1994.3 放送大学「都市計画論」「都市経営論」修了。
1994.6 アメリカ(シカゴ・ニューヨーク・フロリダ(ユニバーサルスタジオとディズニーワールドMKD))視察。
1994〜5 産経新聞に投稿・多数掲載。掲載内容(政治,報道,関空,震災避難所,APEC大阪について等・・・)。司馬遼太郎氏(産経新聞出身)の連載「風塵抄」に、自分の文章に触れたような部分があり感動。
1995.1 阪神・淡路大震災の救援活動。避難所になっていた甲南大学学生会館(学生時代に管理運営委員をしていた)を1人の後輩と本格的に立ち上げ、システム化。あとを現役委員に引き継ぐ。最大時500名を収容。(4月15日の解散式で、現役委員たちは避難者の皆さんから「感謝状」を贈呈された。)
また、パンやにぎりめしなどデンプン中心の食糧支援に対し、避難所で流行していたインフルエンザに対応するため、白血球の素となるタンパク質たっぷりで、かつガスが無くてもOK、調理不要の「ゆで卵」400個を届ける。
1995〜 大阪府「知事への提言」を発端に大阪市、兵庫県、関空会社・・・などに提言を展開。(上記提言等履歴参照)
1996 (自動車)優良運転者表彰(大阪府交通安全協会)
1997.12 都市研究成果に基づき大阪・心斎橋近くの堀江にビルを取得。不動産経営事業を別の株式会社と統合して法人化。会社の目的に都市計画の研究・調査を追加。(この2年後「堀江」地区がブームになる。)
取得したビルは不法占拠者を追い出して入居率40%からの出発。1年半かけて満室にし、その後も満室ベースで推移。防火管理者取得。
1999.2 スキューバダイビング免許アドバンス級取得。この際、大阪弁を研究した言語学者ダニエル・ロング氏(現東京都立大学助教授)と出会い、大阪文化について意気投合。「言語学者だったら、いい研究者になっていると思う」と言われ言語や文化に対する考え方に自信を深める。
1999.4 都市研究に有利な大阪市中央区島之内に住居を移す。空堀商店街が最寄の生活。(この2年後「空堀」地区がブームになる。)
1999.6 上方芸能主催「イベント・文化 仕掛け人学校」(リンク集参照)にて実践者から文化、まちづくりを学ぶ。
1999.8 まちづくりNPO「街屋集団」(リンク集参照)に参加。まちづくりの実践者同士の意見交換と同時に提案。ここで翌年、数学者・都市計画学者長田靖宏氏(現大阪国際大学助教授)と出会い、地下鉄建設計画について意気投合する。
1999.9 好みがかなり異なる?嫁と結婚し、物の見方が広がる。
2000.7 商業施設コンサルタント業務(商業施設の企画・調査。講師:山永明博先生)履修。
2000.7 注目されていないが広大な緑地もある朝潮橋でRCC(整理回収機構)より1Rマンション27戸のビル取得。入居率37%だったが半年で満室にする。
2001.4 空堀商店街長屋再生プロジェクト(からほり倶楽部)設立に参画。
2001.7 一児の父となる。赤ちゃんがいることで話しかける人が増え、また色々教えられ、商店街の人の輪を、あらためて実感。
2001.9 まちづくりNPO「街屋集団」、非営利特定活動法人として認証を得、理事に就任。
2002.5 大阪・天六「住まいのミュージアム」(近世以降の住宅や暮らしの博物館)を山永先生(2000.7参照)と共に見学。江戸期の不動産経営書を知る。(日本は当時から資本主義が根付いていたことを実感。)
2003.5 NTT西日本の光ファイバーを賃貸マンション業界で初めて導入(NTT西日本談)。光ファイバー通信のリーシング(利用者に成り代わってNTTと契約し、初期費用を利用者から定額利用料で回収するシステム)も実施。
2003.9 賃貸マンション業界では珍しい「阪神優勝記念10月分家賃無料キャンペーン」(大阪地区)、「ダイエー優勝記念!家賃丸1か月分以上無料キャンペーン」実施。(本業の不動産経営でもハード、ソフトともアイデア経営)。10月第2子誕生。
2003.11 衰退する繊維産業が集まった団地・箕面船場COM・ART・HILLで、経営しにくいとされる大箱オフィス&倉庫ビル取得。入居率50%。箕面船場地区の活性化も視野に入れ奮闘。その後、1軒入居と同時に、最大顧客で行儀が悪かったテナントが出て行き入居率35%となる。(退去が先ならば25%になっていたところ。)
倉庫仕様で「何も無い」のを逆手に取り、幅広い活用や契約条件に柔軟に対応しながらリフォーム(改装)、コンバージョン(用途変更)を進めてゆく。
2004.11 箕面船場の地域性を活かしたビル運営について「稼働率35%→75%の改装術」として業界紙・週間ビル経営に掲載される。
2005.3.3 「第8回ビル経営サミットin九州」(主催・(株)ビル経営研究所/会場・福岡市天神ビル)にて九州最大の不動産管理会社社長と不動産経済アナリストと共に3者でパネルディスカッション。自社のリフォーム事例紹介やまちづくりと不動産の関わりについて話す。
に戻る サイトマップ