ブロードウェイ!?
(世界的演劇街---DOUTONBORI)

食とエンターテイメントのまち・道頓堀通りの夜景。
右はパーソナルエンターテイメントの雄・TSUTAYA。
おいたち
道頓堀は、今では「食い倒れ」の街としての方が有名ですが、そもそもは演劇の街が主でそれに付随して食が発達したものです。ちなみに心斎橋筋も、新町の遊郭と道頓堀の芝居小屋街を結ぶ通路が商店街として発達したものです。道頓堀川は成安道頓(せいあんどうとん。大阪の陣で戦死。)、安井 九兵衛 道ト(やすい きゅうべい どうぼく。道頓のいとこ)らによって1615年に完成。その10年後道トが南船場にあった芝居小屋を道頓堀に移したのが、この劇場街の始まりです。1652年には昭和まで続く名劇場(中座角座浪花座)がオープンし、歌舞伎の檜舞台となる一方、バーチャルリアリティで非現実的な表現もできる人形浄瑠璃の竹本座(1684年)や豊竹座(1703年)もオープンし、形態を超えて興行を競いました。

近松門左衛門と名作人形浄瑠璃
日本最大の劇詩人とも、東洋のシェークスピアとも呼ばれる近松門左衛門(1653〜1724)は、1703年の「曽根崎心中」をはじめ「冥土(メイド)の飛脚」など歌舞伎脚本30余編、浄瑠璃100余編を残し、その大半が道頓堀の竹本座などで初演されました。竹本座では近松亡き後も「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」など今に残る名作を多数生み出し、歌舞伎に決定的な影響を与えたと言われます。

(現在の「文楽」も人形浄瑠璃の一種)
道頓堀生まれの世界的舞台技法
江戸中期には、歌舞伎の特徴である舞台技法「回り舞台」や「せり(上がり・下がり)」が初代並木正三(1730〜73)により道頓堀の角座で使用されました。並木正三は歌舞伎作者と同時に早熟のからくり技術者でもあり、14、5歳で手妻(手品)からくり水船の仕掛けを考案したとの逸話も残っています。道頓堀の竹田座(からくり人形芝居)が発祥の小さな「せり」は、1753年並木正三の歌舞伎「けいせい天の羽衣」で三間(5.4m)四方の大規模なせり上がりにつながり、喝采を浴びました。並木は派手な舞台ではなく、複雑で巧みな筋立てで大当たりを連発していき、1758年には「三十石よふねの始まり」では初めて回り舞台を使用しました。これらの舞台技法は日本の道頓堀から発祥し、今や世界的に使われています

時代のトレンド…竹本座の変還
1771年、人形浄瑠璃の人気衰退に伴い竹本座は歌舞伎の劇場となりました。後に(えびす)という名になり、1885(明治18)年にはシェークスピア劇「ベニスの商人」が「何桜彼桜銭世中(さくらどきぜにのよのなか)」の名で日本初公開するなど、元竹本座は時代の最先端を走るようになります。戎座はさらに名を変え浪花座となり、1904(明治37)年、当時生まれたばかりの喜劇の常打ち劇場となりました。喜劇は大人気となり、小劇場が林立して渋谷天外松竹新喜劇藤山寛美←→吉本新喜劇へとつながって現在に至っています。

新・浪花五座
江戸期から、江戸浪花といわれ、すなわち道頓堀の弁天座朝日座角座中座浪花座(竹本座)は名実ともに演劇界を代表する劇場となっていました。行政や興行側の都合で、座(劇場)があちこち移動することはあっても、道頓堀には常時3〜8座の大劇場と複数の小劇場が存在しました。三百数十年も同じ場所が劇場街であり続けているのは日本では唯一、世界でも希有な例と言えるでしょう。現在では人形浄瑠璃の流れを国立文楽劇場(道頓堀の東はずれ)、歌舞伎の流れを松竹座(道頓堀西)が汲み、劇団四季OSK(大阪松竹歌劇団)などミュージカル中心の近鉄劇場(上本町)や、有名人演劇新歌舞伎座(難波)と、お笑いなんばグランド花月(千日前)を合わせて、当ompでは新・浪花五座(右参照)と言っています。


2002年作。マップをクリックすると大きくなります。(但し拡大図では松屋町筋以東は省略。)
2004.2.4「近鉄劇場」閉館の一方、同年2.1の「B1角座」復活(規模は小さいですが)に伴い、近鉄劇場を「新五座」からはずし、B1角座を準「新五座」とします。(2004.2.18記)
2004.7.2旧「浪花座(元竹本座で戎座でもあった)」跡地に、レトロな町並みを再現した屋内型テーマパーク「道頓堀極楽商店街」内に「ゑびす座」(座布団100席)オープン!ゑびす座を準「新五座」とします。(2004.10.20記)
道頓堀極楽商店街は複合商業施設「サミー戎橋」内に有ります。上記ゑびす座以外でも「街角」でパフォーマンスが行われ、各種芸人や「道頓堀極楽歌劇団」も活躍しています。
2004.10.23道頓堀から戎橋筋を歩いて難波駅手前の元精華小学校(明治6年開校。演劇人たちも多く巣立った)の体育館が精華小劇場(200席)になりました。準「新五座」とします。(2005.10.12記)
2004.4.14中座は飲食店ビル「セラヴィスクエア中座」となっており、その正面に芝居好きのタヌキ・芝右衛門の像があります。その裏、中座解体の際の爆発で焼けた法善寺横町も再生されました。
2001.4.28歌舞伎でにぎわった中座の南西すぐ(法善寺横町西)に「上方浮世絵館」ができました。上方浮世絵はは"OSAKA PRINTS"と呼ばれゴッホが数点所有したなど世界的に評価されています。(2006.5.1記)
と言うわけでNY同様、ブロードウェイ、オフブロードウェイ、オフオフブロードウェイ
のような感じを呈してきました。→新・浪花五座/準・新浪花五座とブロードウェイ/オフ・ブロードウェイの比較。

新浪花四座
国立文楽劇場・松竹座・新歌舞伎座・なんばグランド花月

小劇場s[ショウゲキジョウズ](準「新浪花五座」
トリイホール・ワッハ上方・B1角座・ゑびす座・精華小劇場

その他の大規模興行施設
大阪府立体育会館(相撲ほか)、「湊町リバープレイス」の「なんばHatch」

演劇ではありませんが、なんば西にある大相撲の行われる大阪府立体育会館も世界的エンターテイメント(大相撲)の拠点と言えるでしょう。



(本文は2000.12.26「Y’sピアニュース」寄稿より)2002.3.10ホームページ掲載にあたり一部修正。)

江戸三座は1624年中村座(当時は猿若座)官許、浅草が演劇街になったのは1841年中村座がやってきてから以降です。参照 江戸三座


contents このページの内容

<メイン>
道頓堀はブロードウェイ!?(世界的演劇街)
omp選定新浪花五座
新・浪花五座/準・新浪花五座とブロードウェイ/オフ・ブロードウェイの比較
大阪・道頓堀界隈の劇場



<提案&NEWS> トップ(最新)
早稲田大、ミナミに“進出”--今秋に講座開講、伝統芸能など研究(2007/08/20。掲載2008/01/22)祝!角座復活(2007/2/2) 
とんぼりリバーウォークが御堂筋の橋の下、つながることになりました!(2006/09/13) 
近鉄「難波駅」名称を「なんば道頓堀」に。(2006/1/19) 
宗右衛門町に風俗規制されたが・・・。(2005/11/8) 
精華小劇場・開場!(2004/10/20) 
ゑびす座復活!(2004/10/20) 
舞台芸術総合センターを道頓堀に!(2004/2/18)  大阪市が近年建設したホールなど
角座復活!(B1角座)(2004/2/18)
TSUTAYAメガショップを活かせ!?(2003/8/21) 
道頓堀を もっと「街ごとシネコン」に(2003/1/6) 
扇町ミュージアムスクエア(OMS)・近鉄小劇場の後継劇場を道頓堀に!(2002/8/3) 
→→→上記提案が、近い形で実現の運びに!(2003/1/6) 
道頓堀に並木正三顕彰オブジェを!(2002/6/5) 
TSUTAYAメガショップを活かせ!(2002/6/5) 
演劇関係優遇税制
DTB賞(道頓堀演劇賞)提案

・・・omp選定
新・浪花五座
江戸時代に浪花五座といわれ、日本最大を誇った劇場街・道頓堀の界隈には、現在も演劇の各分野の第一級の劇場がそろっています。当ompでは特に下記を「新・浪花五座」と勝手に選定しました。
→新・浪花五座/準・新浪花五座とブロードウェイ/オフ・ブロードウェイの比較。


大阪松竹座
道頓堀にそびえるクラシックで風格のある歌舞伎の殿堂。演劇場から映画館になっていたものを、平成になって中座(歌舞伎)の後継として歌舞伎劇場に改造。市川猿之助のスーパー歌舞伎にも対応。
 

国立文楽劇場
文楽(人形浄瑠璃)の殿堂東京の国立劇場と並ぶ日本の国立劇場。世界遺産・文楽のほかに狂言なども行う。難解な浄瑠璃ことばも床本や、それを映写する字幕(2004年より)を読めば素人でもついて行き易い。しかし最もわかり易いのはイヤホンガイド(650円。返還される保証金として1000円が別途必要)があれば、ストーリーのポイントに加え、人形美術や操作・発声・演奏などの芸術的見所までを簡潔な言葉で教えてくれ、1講演を2重3重に楽しめる。

新歌舞伎座
公演参考日刊スポーツ芸能案内
有名芸能人演劇の殿堂のひとつ。建物も桃山様式ですばらしい。歌舞伎は滅多にされない。
 

なんばグランド花月(NGK)
吉本興業の総本山。漫才・喜劇などお笑いの殿堂有名タレントを中心とした漫才、落語、新喜劇が見れるほか、マジックショーなどもあり、観光名所ともなっている。
 

角座
1652年の「角の芝居」以来350年前からの浪花五座の一つ。老舗中の老舗。2007年8月、お笑い演芸場として復活する。
 

近鉄劇場<2004.2.4閉館>
劇団四季(ミュージカル)OSK日本歌劇団(レビュー)など、基本的に大型ミュージカル関連の演目が多い。小劇場も併設。(道頓堀演劇街のはずれになる)
 
 

大阪を代表するもう一方のお笑い・松竹芸能のホームグランド浪花座は2002年1月末日に閉館(→閉館の口上)した。これで元の浪花五座は全て興行がなくなり、新・浪花五座に後を託した形となった。
なお、今も元気な松竹の芸人さんは、下記のトリイホールやワッハ上方で観られます。→B1角座復活


このほか、この界隈には松竹系(及び吉本系)お笑い芸人、人間国宝・桂米朝の米朝事務所系落語家の常打ち小屋、トリイホールもある。アートとしてのダンスも。

また、千日前には大阪府立上方演芸資料館「ワッハ上方」があり、落語会などにちょうど良い300人の演芸ホールや、レッスンルームではプロダクションの系列を問わずおなじみの有名人からインディーズまでの落語、漫才、劇が開催されている。

また、映画館も多く、道頓堀の戎橋(えびすばし。俗にひっかけばしとも言う)や道頓堀通りの歩行者天国では路上パフォーマンスなどもある。


 
まとめ

1.回り舞台、セリ上がりなどの世界的な舞台技法は、江戸時代の道頓堀の劇場から世界に広まった。

2.380年も劇場街であり続けている地区は、世界でも珍しい。(江戸時代は「浪花五座、江戸三座」と言われたが、江戸は行政指導により度々移動させられた。)

3.現在も、最も新しいタイプの演芸である「お笑い」の殿堂から、少女歌劇や、文楽の劇場までがここにある。

4.道頓堀・千日前通り一帯を「世界的な演劇の街」という、持てる素質をテーマとして活用し、活性化しよう!

提案&NEWS

中国を中心とする大阪観光客は、平面的に歩いて楽しく個性の強いミナミが人気を訪れる。(2008/04/18)
来阪外国人200万人突破へ ミナミの商店街 アジア・シフト 
 大阪を訪れる外国人が中国などアジア諸国からの観光で増加し、平成19年度は200万人の大台に乗る見通しであることが大阪府の推計でわかった。大型家電店や百貨店、ブランドやキャラクターのショップが密集するミナミが「短時間で買い物がしやすい」と人気を集め、店側も中国の銀行カード決済を導入したり、留学生をアルバイトに雇ったりと、“アジア・シフト”を強めている。東アジア経済の急成長を背景に、大阪は「観光商都」に姿を変えつつある。(産経新聞2008/03/06)
http://www.sankei-kansai.com/01_syakai/sya030606.htm

早稲田大、ミナミに“進出”--今秋に講座開講、伝統芸能など研究(2007/08/20。掲載2008/01/22)
早稲田大学は今秋、大阪・ミナミに講座を開設する。伝統芸能を研究する教授陣を派遣するほか、大阪市などが主催する映画祭の企画制作に協力。ミナミの道頓堀の劇場文化を重視し、上方文化再生を支援する考えだ。 

学生獲得競争が激化する中、慶応大もサテライトキャンパスの大阪開設を決めており、関関同立など地元私大にも波紋を投げ掛けそうだ。 

早大は千日前のトリイホールに連絡事務所を置き、11月から2008年3月まで毎月1回、同ホールで講座「上方文化再生フォーラム」を開く。テーマは「大阪道頓堀の芸能」「上方歌舞伎いまむかし」など。講師には鳥越文蔵名誉教授、演劇博物館(演博)館長の竹本幹夫教授といった早大教授陣らを派遣する。予算は約250万円で、大阪市が100万円を助成する。 

10月下旬には大阪市などが行う映画祭「ミナミ・キネマロードシネフェスタ」にも協力。作品の選定など映画文化再生に提言。一方で学術的評価が高い近松門左衛門の世話物朗読会(トリイホール主催)など地元の企画や、復興支援事業の中で得られた研究成果を早大に持ち帰り、上方文化研究に生かす。 

道頓堀は江戸時代には文楽・歌舞伎の拠点である五座が置かれ、戦前までは劇場文化の中心地として繁栄した。早大は東京の本部にある演博が中心になり、ミナミの自治会や商店会が進める「五座文化」の復興事業に協力する。演博は数十万点に及ぶ演劇、伝統芸能の資料を所蔵するアジア最大の演劇専門博物館。 

五座のうち現在残るのは、若手芸人中心の演芸場として存続する角座のみ。「五座文化」復活を求める地元と演劇などの研究を深めたい早大側の思いが一致した。 

以上引用。これはおそらくその前年から近松プロジェクトとして、英国・ハル大学の湯浅雅子名誉研究員が道頓堀(精華小劇場と早稲田大学演劇博物館で上演)したのが導火線となったと思われる。
地元商店街も当ページタイトルをそのまま使ったページを作るなど、世界的演劇街たる自覚というか機運が高まって来たと思う。慶應義塾大学も福沢諭吉の出身地・勉学地の大阪へ再上陸するが、それと関係あるのかどうか知らないが、早稲田大学は拠点まで作ろうとするのか?2008年3月以降にどうつなげるか楽しみ。


祝!角座復活(2007/2/2)
 松竹芸能(安部彰社長)は2007年1月26日、角座ビル地下で運営していた「B1角座」(124席)が連日満員のため、3階(現映画館)に移動し、8月頃までに新たな演芸場「角座」(350席)としてリニューアルオープンすると発表した。(詳細は大阪日日新聞記事参照)
 「角座」といえば1652年、355年前の「角の芝居」から続いてきた浪花五座の一つの老舗中の老舗の名跡。他の大劇場に比べると半数以下の席数で、大劇場基準の500席には満たないが、名跡の貴重性(五座唯一の現存)と道頓堀演劇街における松竹の功労から、この下の2004/2/18の記載に基づいて、当ompでは特別に浪花五座に認定するものとする。
 元3階にあった映画館はなんばパークス内にできるシネコンに移転するという。カネに左右されやすいターミナルから少し離れた立地と、お笑い演芸の人気のおかげで、映画館から劇場へという「演劇街として理想の形」を取ることになった。引き続き統合される映画館の演劇場利用が広がって欲しい。(本件残念ながら建物の構造上の問題などで復活できなくなったようです。2007年4月19日付 紙面記事

とんぼりリバーウォークが御堂筋の橋の下、つながることになりました!(2006/09/13)
道頓堀川の親水デッキ「とんぼりリバーウォーク」は、河川敷上の商売が「特区」として許可された実験の場でもあります。
そのとんぼりリバーウォークは堺筋・日本橋からどんきほーて前、戎橋(グリコの看板を臨み、タイガースの優勝で飛び込む”聖地”)、御堂筋、アメリカ村の南側、四つ橋筋を通って、湊町リバープレイスまでつながる計画だった。

それが、御堂筋(の桁下)が低すぎる(歩道の建築基準以下)。河底の構造も古い地下鉄など弱くて新規構造物を受けつけられない、等の理由により、とんぼりリバーウォークは御堂筋の下をくぐれないとする大阪市の検討結果に対し、
景観面(上がり下りのために設けられるスロープが、橋上から川面を見えなくする。)
回遊性(一旦御堂筋の上に上がり、南北の交差点で御堂筋を渡り、また3m下りるのは不便)
などの観点から、御堂筋の下をくぐらせたいとの要望が、地元、識者両側から上がっていた。

この件で以前から道頓堀隣接地権者会(現・とんぼりリバーウォーク振興会)と西道頓堀の
立役者クンナ・ダッシュさんと親交のあった大阪まちプロデュース・山根を含む「水都の会」は
依頼されて大阪市の地元説明会に参加することとなった。
結果的にそれが良い方向につながり、通す方向となった。下記はその交渉の経緯である。
課題を抱える地域の参考になれば・・・。
とんぼりリバーウォーク 御堂筋・道頓堀橋アンダーバス 交渉記録

近鉄「難波駅」名称を「なんば道頓堀」に。(2006/1/19)
現在、阪神電鉄西大阪線の延伸、近鉄難波との接続・相互乗り入れの工事が進んでいる。
これが完成すれば難波は神戸と直結する。近鉄難波には京都からも繋がっているので、急行や特急ができるのかが大事なところだが、難波の観客動員上悲願だった課題は一歩前進する。国に、道頓堀を日本を代表する演劇街と認めさせ、府市一体となって税制も含めて推進する一方、近鉄には京都から難波への直行列車もつくってもらい、京都、神戸両方面から客を呼び込みたい。
道頓堀界隈にこれだけ劇場が集積しているのに、劇団四季が梅田でやるのは、「ここは京都、神戸からの客も見込める」(浅利慶太氏)からだ。それだけに神戸や京都からの直結は重要なのである。人口的にも、客層的にも。
そして「日本を代表する演劇街」と推進するなら、近鉄難波駅も「なんば道頓堀」と名称変更すれば、道頓堀の知名度も上がるだろう。(「堀江」という名も、騒がれるとカッコ良く聞こえるようになったが、昔は「心斎橋から阪神高速1本隔てただけなのに、「堀江」という響きまで「もっちゃりした名前」と感じたものだ。捉えられ方で地名のイメージは代わるものだ。)
関西が独創的な人が多く、先進的な演劇や芸術が生まれることが多いのにも拘らず、ビジネスにならないのは人が動かないからである。神戸の人は梅田以南には来ない。結局分散して開催してどこも赤字になるのである。東京の動員力はすごい。関東一円、もちろん横浜川崎千葉からも気軽にやってくる。このフットワークが豊かな文化性を支えている。
ぜひ、神戸、京都からも難波にやってきて、ここからも両都市へ行き易くなることを切望する。

宗右衛門町に風俗規制されたが・・・。(2005/11/8)
南の飲み屋街として有名だった「宗右衛門町」を中心にここ2?3年で風俗店が急増した問題の対策として大阪府は「迷惑防止条例」を改正し、「客引き」自体を禁止すると同時に、「客待ち」すら禁止とした。また「風俗案内防止条例」を全国で初めて制定し「風俗無料案内所」に営業時間、騒音の規制、外から見える写真も禁止する。特に写真の規制がユニークで効果的と思う。
しかし、問題はこれからだ。
風俗店や案内所が増えた背景には、「需要があったから」はもちろんだが、「空き店舗があったから」でもある。「空き店舗」が無ければ2〜3年で急増することもなかっただろう。健全な店が減り、不健全な店が増えたのは「不景気のせい」でもある。
しかし、「まちの立場」でできることは、このまちにどのような付加価値をつけるのかということではないか?
新しい方向性を出さないと風俗店を追い出しても、サラ金店やぼったくりバーに変わっただけ、ということにもなりかねない。

「からほり」では長屋や路地、石畳や坂道の町として、イメージがついてきたので、それらに合ったお店がやってきたり、それらを愛する人が住むようになってきている。(これらはボロボロの空き家を埋める例も多い)

もともと、道頓堀は演劇街である。今はエンターテーメント(エンタメ)の世界が広がったので役者も歌手もタレントもお笑い芸人も、またブロマイド(古い!)もDVDもCDも映画もあるだろうが、それらが集中し、「角の飲食店に入ったらスターが食事していた」とか、エンタメ界との臨場感のあるまちを目指せばどうだろうか。
TSUTAYA戎橋ではサイン会をバンバンやり、くいだおれでは地方のファンと文楽人が食事する会などがバンバン開かれ、若手お笑い芸人はとんぼりウォークで、練習するとか・・・。
それに付随して、そういった来街者にサービスを提供できるお店が集まってくるようになれば、道頓堀界隈はブロードウェイに匹敵するかも・・・。
道頓堀商店街さんのホームページに「道頓堀はブロードウェイ」というコーナーを発見。イメージが浸透してきたのは良い傾向。歴史的側面だけでなく、未来志向でこのコンセプトを使って欲しい。


精華小劇場・開場!(2004/10/20)
この度、風情ある建物・精華小学校の体育館を再利用した「精華小劇場」 がついに開場する。小演劇を中心に「貸し劇場」ではなく「主催劇場」として 大阪の小演劇シーンの中心になることが期待される。また、小学校を愛する卒業生や地元住民、精華小の建物を惜しむ市民や学者などが、大阪市とともに「まちにふさわしい」ものを作り、運営してゆく新時代の動きとして その行方が今後も注目される。 


ゑびす座復活!(2004/10/20)
 この7月2日、大阪・道頓堀に常設の“寄席小屋”が復活した。1920年代の町並みをモチーフにしたテーマパーク「道頓堀極楽商店街」(大阪市中央区)内にできた小劇場「ゑびす座だ。模した施設の中で、落語、浪曲、講談など関西の伝統芸能を、ジャンルを問わず発信していく。(ここまで日経新聞参照)
 この、「ゑびす座」という名前、実は由緒がある。この戎プラザ「道頓堀極楽商店街」は、かつて「浪花五座」の1つに数えられた浪花座の跡地に立つのだが、この浪花座は三百数十年間に「竹本座」をはじめ何度か名前が変っており、一時「戎(ゑびす)座」を名乗った。(江戸後期?〜明治37年) ここで、落語、浪曲、講談、小演劇、ちんどんなど、様々な芸能活動が行われるようになったことは非常に意義深い。 ゑびす座を準「新五座」とします。(2004.10.20)


舞台芸術総合センターを道頓堀に!(2004/2/18)
大阪市は中之島の阪大跡地の一部に「舞台芸術総合センター」の建設を予定している。周辺は市立科学館、国立国際美術館(建設中)、市立美術館(建設中)があり、本来、府立美術館ができれば良いのだが府が財政難のためそれも望めずこうなっている。しかし、市は2002年、道頓堀西端に音楽ホール「なんばHatch」を中心とするの「湊町リバープレイス」をつくったばかり(この2月の稼動率55%。厚生年金会館大ホールで65%芸術ホールは93%)。道頓堀を世界的演劇街として売り出してゆく気が有れば、こここそ、小さくても舞台芸術のセンターにすべきであった。今からでも中之島は美術学院やアートの実験の場とすることにして、「なんばHatch」を「舞台芸術センター」にできないか。そして府・市共同してOSK日本歌劇団など大阪として遺すべき舞台芸術の支援に活用してはどうか。(こういった活用には中之島では立地が悪い) 「なんばHatch」はどうしても残すのなら、現在広大な空き地が道頓堀通り沿いにあるのでここを活用を!
 ついでに言うと市は1999年、「芸術創造館」を旭区に作っている。これも演劇や音楽などの創作活動の支援施設である。しかし、ユーザーからは交通が不便との話を聞く。少しまとめると下記の通りだが、バラバラである。今後ホール・劇場の新設や統廃合の際には立地の魅力、集積の効果を意識した配置を切に望む。

大阪市が近年建設したホールなど

名称  芸術創造館 なんばHatch 舞台芸術総合センター
OPEN 1999 2002 200x (未定)
場所 旭区役所隣 道頓堀演劇街(omp)の西隣 中之島4 美術館隣地
内容・特徴・評判評価  創作活動支援施設。(演劇・音楽の練習、大道具などの作成録音など。2次的に集客も期待)大中小11の練習室。
 良い施設だが市の中心から遠く、また最寄の千林大宮駅からも遠く不便との声。
 JR難波駅と道頓堀川にはさまれた好立地にある「湊町リバープレイス」の目玉の集客施設。音楽ホール。
 良い立地に、客席はスタンディングという面白い構造。「舞台と近く一体感がある」との好評価だが稼働率悪い。若者向け音楽ホールは既に多いのでは?
 世界に通じる質の高い舞台芸術を創造・発信す機能の集積をめざす。「世界の檜舞台」(大中小ホール)、プロデューサー制度、人材育成、研究・情報・広報。オリジナルな舞台芸術創造、多様な劇場技術の開発、市民の誇りと喜び。
 まさに道頓堀にこそ相応しい。
事業費 25億円 リバープレイス全体で184億円 未定
担当部局 市民局 建設局市街地整備本部 ゆとりとみどり振興局
交通整理は誰がしたのか?



角座復活!(2004/2/18)
2004年2月1日、松竹芸能は現在映画館になっている角座の地下1階をB1角座という名で演芸場として復活した。
ompでは近鉄劇場閉館とB1角座復活を受け、「新浪花五座」について近鉄劇場をはずしてB1角座を準「新五座」(規模が小さいので)として選定します。演芸場の規模が大きくなったら正規の「新五座」とする予定です。



TSUTAYAメガショップを活かせ!U(2003/8/21)
2003年7月11日「TSUTAYA EBISUBASI」がOPENした。西日本最大規模のフラッグシップ店舗で営業時間もAM4時までで年中無休。レンタルビデオ・DVD・CDも充実しているが、映画・演劇帰りにふらっと立ち寄れる1階で、DVD(映画など)を販売するなど「街とのリンク」も考えられている。レンタルビデオでは珍しい洋画系から大阪らしいお笑い系まで意識的に集めてある。有名人なんかも利用するのでは。→関連「TSUTAYAメガショップを活かせ!
豊富なソフトを利用して個室映画館なんかができると嬉しい。つまり、ドライブイン・シアターの徒歩版・ウォークイン・シアターである。お菓子をパリポリ食べても、赤ちゃんが泣いても気兼ね無く映画鑑賞できたドライブイン・シアターの利点は大きい。排気ガスで環境破壊する心配も無く多くの人が"個室"を楽しめるのではないだろうか。折りしも、世は個室居酒屋ブームである。


道頓堀を もっと「街ごとシネコン」に(2003/1/6)
 最近、新しい商業施設はブームのようにシネコン(シネマ・コンプレックス:配給元が異なる多数の映画館)を併設する。しかし、道頓堀は大スクリーンの道頓堀東映東映パラス松竹角座1・2(SY角座)もあり、元々まち自体がシネコンであった。界隈にミナミOSプラザや国際シネマ・国際劇場、東宝敷島・敷島劇場、などもあるが、現在では趣味の多様化や上演作品のグローバル化もあって、もっと数が必要だ。(シネコンでは少なくとも7スクリーン、多ければ十数スクリーンが集まっている) 立体映像&体感などの新趣向の映画館もあれば面白い。

扇町ミュージアムスクエア(OMS)・近鉄小劇場の後継劇場を道頓堀に!(2002/8/3)
小劇団用のホールの桧舞台だったOMSや近鉄小劇場の閉鎖が相次いで決定された。これは全国的に小劇団をする人間が減っているのが原因だが、大阪で2館同時に減る必要は無かったと思う。2館分でやっていたものを1館にまとめ、交通の便の良いところに設置したら、充分な劇団と顧客を期待できるのではないだろうか。
 OSK日本歌劇団(タカラヅカと並ぶ歌劇の雄)の経営から近鉄が手を引くことが明らかになった。基本的にはやはり松竹に戻るべきで、資本参加には南海、ぴあ、JCB、ORIX、まもなくお金がだぶつく金融各社(大阪発祥の割りに縁の細い三菱系などはどうか→大阪と三菱の関係などが考えられる。
→→→上記提案が、近い形で実現の運びに!(2003/1/6)
 大阪市は道頓堀に近い旧精華小学校(閉校)の体育館を暫定的に小劇場として活用する方針を固めた。2003年度予算化し、'04年度から使用したいという。 同体育館は昭和5年築の昔ながらの建築様式の建物の1階にある。空き教室は市民の生涯学習ルームとして利用されている。同校舎については平成7年に閉校し、地元商店街関係者らが「精華校園跡地活性化協議会」を結成、さまざまな案を検討してきたが具体的な活用法として予算がつくに至っていなかった。(1/4産経より抜粋) ・・・この利用法なら文化・教育的にも合致し、校舎も喜ぶだろう。しかし、施設は(特に、劇場は)作るより運営が難しい。 逆に運営がうまいと、OMSのように、客席に大きな柱があるなどつくりが悪くとも「小劇場の聖地」になりうる。大阪市は改修設計の段階から演劇人を活用し、演劇が好きな人たちのエネルギーで、劇場がスタートする形を取って欲しい。



道頓堀に並木正三顕彰オブジェを!(2002/6/5)
現在、世界的舞台技法となった回り舞台やセリは、日本の歌舞伎から世界に広まったもので、並木正三が今から250年も前に道頓堀角座で使用したものです。(当時は人力。5.4m四方のセリや巨大な回り舞台も)

世界的舞台技法を作り、発展させた並木正三は日本が、そして大阪が誇るべき人物です。
並木正三の偉業を称える為にも、演劇の町・道頓堀のアピールの為にも、道頓堀通りにからくり仕掛けの水舟や、歌舞伎舞台の立体映像ミニシアター等の集客オブジェを設置すべきである。




TSUTAYAメガショップを活かせ!(2002/6/5)
 (株)カルチャー・コンビニエンス・クラブ(以下CCC)は、道頓堀・戎橋に有るビルを借り切って850坪ものレンタルビデオ&CD/DVDのTUTAYAメガショップを2003年7月にオープンさせると発表した。(PDF参照) 同社は大阪発祥で登記簿上は現在も大阪本社の企業である。
 かつては映画界などと著作権をめぐって争ったレンタルビデオ業界であるが、それも折り合いがつき、現在は映画文化の推進に役立っている。
 単なるレンタル店としてではなく、プライベートシアターなど劇場・集客装置としての役割も果たしてもらうとありがたい。



演劇関係優遇税制
道頓堀地区の劇場施設に対し、固定資産税・事業税の減免。

一方、風俗店・パチンコ店・ゲームセンターなどへ増税。(演劇に浸れるまちづくり)
場外馬券売り場はO-CATへ移転。(カジノはOK)



湊町リバープレイス(O-CATの北に新しくオープンする、道頓堀沿いの大型商業施設)は“オフ・ブロードウェイ”として若い人の新しい演劇の発表場所とする。
O-CAT横にある松竹芸能と協力し、湊町リバープレイスで松竹新喜劇を復活。
演劇の練習場所や演劇・舞台芸術の学校を設置する。


DTB賞(道頓堀演劇賞)
道頓堀地区での興行に対して、優秀作品を表彰する。(大作賞、挑戦賞、新作賞、動員賞)

ブロードウェイやイーストエンドなど世界の劇場街と提携し、イベントなどを行う。
(この際、略称としてDTBを定着させる。(doutonboriが長いので・・・。DBでも可。))

3年ごとに街のテーマを決める。(愛、冒険、子供、緑、宇宙…興行のテーマにもなりそうなもの)



障害者や老人にやさしいバリアフリーの街づくり。



吉本興業がプロダクション会社を超えた、世界的お笑いのフェスティバルを計画している(2002.3現在)。行政も是非バックアップすべきだと思う。



新・浪花五座/準・新浪花五座とブロードウェイ/オフ・ブロードウェイの比較
ブロードウェイ:ニューヨーク・マンハッタンの中央部南北に貫く大通りを指すが、狭義には南北で言うと41丁目(41st street)からタイムズスクエア(42丁目との6つ角)を越えて53丁目(53rd street)までの約 m、東西では6番街(6th Avenue/Avenue of America)から9番街(9th Avenue)の区間にある劇場街を指す。(地図「大阪はニューヨークを目指せ」参照)
ニューヨーク
Broadway
劇場又は演劇タイプ ブロードウェイ (40軒ほど) オフ ブロードウェイ オフ オフ ブロードウェイ
所在 ブロードウェイ通り沿い ブロードウェイ通り近辺 ブロードウェイ通り近辺
席数(目安) 500席以上 100〜500席 100席以下
演目 商業演劇(商業的な成算が充分見込める作品)
キャッツ、オペラ座の怪人、美女と野獣
実験的な演劇 革新・前衛的な演劇

大阪
Doutonbori
演劇タイプ 「新・浪花五座」(現在四座) 「準・新浪花五座」
劇場 国立文楽劇場、松竹座、新歌舞伎座、なんばグランド花月 トリイホール、ワッハ上方(ワッハホール、レッスンルーム、小演芸場上方亭)・baseよしもと 、B1角座、ゑびす座、精華小劇場、文楽劇場小ホール
所在 高津、道頓堀、難波、千日前 ほぼ大通沿い 高津、道頓堀、難波、千日前 概ね街区の内側
席数(目安) 500席以上 50〜309席
演目 商業演劇、大作、伝統芸能
文楽、歌舞伎、ミュージカル、大衆演劇、喜劇
実験的な演劇、革新・前衛な演劇、小演劇、演芸、講談、レッスン、ダンス
大阪・道頓堀界隈の劇場「新浪花五座と準新浪花五座」 このほか映画館もたくさんあるがここでは省略。2006.4.15製作中
が「新浪花五座」。現在は4劇場。 *が「準新浪花五座」。いずれも当omp選定。
劇場名 所在地 主な演目 席数 内容・電話
国立文楽劇場 日本橋1-12-10
(道頓堀の東・高津・千日前通り沿い)
文楽(世界文化遺産・人形浄瑠璃) 753 06-6212-2531
松竹座 道頓堀1-9-19
(道頓堀通り)
歌舞伎・歌劇・少女歌劇(OSK) 1033 06-6214-2211
新歌舞伎座 難波4-3-25
(道頓堀の南西・難波・御堂筋沿い)
商業演劇・有名芸能人座長公演 1638 06-6631-2121
なんばグランド花月 難波千日前11-6
(道頓堀の南・千日前筋沿い)
喜劇・漫才・落語 858 06-6641-0888
角座
2007/8OPEN予定
(道頓堀通り KADOZAビル内) 漫才・落語 約350 06-6649-8600松竹芸能(株)
トリイホール* 千日前1-7-11
(道頓堀・裏 上方ビル4F)
落語・講談・漫才・音楽・劇 100
〜120
06-6211-2506
ワッハホール* 難波千日前12-7 YES・NAMBAビル5F
(道頓堀の南・千日前 ワッハ上方内)
落語・演劇・ミュージカル 307 演芸の檜舞台としての格調を兼ね備えた 06-6631-0884
ワッハ上方レッスンルーム 難波千日前12-7 YES・NAMBAビル7F
(道頓堀の南・千日前 ワッハ上方内)
落語・1人芸・漫才・長唄 なし
(約85平米)
ミニ演芸場にもなる多目的空間06-6631-0884
小演芸場上方亭* 難波千日前12-7 YES・NAMBAビル4F
(道頓堀の南・千日前 ワッハ上方内)
落語・漫才・講談・浪曲 約50 昔ながらの寄席小屋造りで小舞台を備えた06-6631-0884
baseよしもと* 難波千日前12-7 YES・NAMBAビルB1F
(道頓堀の南・千日前 ワッハ上方と同じビル内)
漫才 吉本興業の新進気鋭の若手漫才師らがトップ組、ビーイチ組、ビーニ組、ビーサン組のランクに分かれ、観客と共に成長してゆく仕組みの劇場。連絡先
B1角座* (道頓堀通り KADOZAビル内)
ゑびす座* (道頓堀通り 極楽商店街ビル内)
精華小劇場* (道頓堀の南・戎橋筋東裏 旧精華小学校内)
文楽劇場小ホール* 日本橋1-12-10
(道頓堀の東・高津・千日前通り沿い)
インディペンデントシアター2nd.


1st。
大阪市浪速区日本橋4丁目7-22 演劇、落語、映像上映・イベント  150〜200席 劇場オフィス]
〒556-0005 大阪市浪速区日本橋4丁目7-22 2nd-2F
●大阪市営地下鉄・堺筋線 恵美須町駅 1A出口 右手(北)5分
TEL:06-6635-1777/FAX:06-6636-7449