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道頓堀はブロードウェイ!? (世界的演劇街---DOUTONBORI)
道頓堀は、今では「食い倒れ」の街としての方が有名ですが、そもそもは演劇の街が主でそれに付随して食が発達したものです。ちなみに心斎橋筋も、新町の遊郭と道頓堀の芝居小屋街を結ぶ通路が商店街として発達したものです。道頓堀川は成安道頓(せいあんどうとん。大阪の陣で戦死。)、安井 九兵衛 道ト(やすい きゅうべい どうぼく。道頓のいとこ)らによって1615年に完成。その10年後道トが南船場にあった芝居小屋を道頓堀に移したのが、この劇場街の始まりです。1652年には昭和まで続く名劇場(中座、角座、浪花座)がオープンし、歌舞伎の檜舞台となる一方、バーチャルリアリティで非現実的な表現もできる人形浄瑠璃の竹本座(1684年)や豊竹座(1703年)もオープンし、形態を超えて興行を競いました。 近松門左衛門と名作人形浄瑠璃
(現在の「文楽」も人形浄瑠璃の一種)
道頓堀生まれの世界的舞台技法
江戸中期には、歌舞伎の特徴である舞台技法「回り舞台」や「せり(上がり・下がり)」が初代並木正三(1730〜73)により道頓堀の角座で使用されました。並木正三は歌舞伎作者と同時に早熟のからくり技術者でもあり、14、5歳で手妻(手品)からくり水船の仕掛けを考案したとの逸話も残っています。道頓堀の竹田座(からくり人形芝居)が発祥の小さな「せり」は、1753年並木正三の歌舞伎「けいせい天の羽衣」で三間(5.4m)四方の大規模なせり上がりにつながり、喝采を浴びました。並木は派手な舞台ではなく、複雑で巧みな筋立てで大当たりを連発していき、1758年には「三十石よふねの始まり」では初めて回り舞台を使用しました。これらの舞台技法は日本の道頓堀から発祥し、今や世界的に使われています。 時代のトレンド…竹本座の変還
新・浪花五座
(本文は2000.12.26「Y’sピアニュース」寄稿より)2002.3.10ホームページ掲載にあたり一部修正。) 江戸三座は1624年中村座(当時は猿若座)官許、浅草が演劇街になったのは1841年中村座がやってきてから以降です。参照 江戸三座 |
contents このページの内容 <メイン>
<提案&NEWS> トップ(最新) 早稲田大、ミナミに“進出”--今秋に講座開講、伝統芸能など研究(2007/08/20。掲載2008/01/22)祝!角座復活(2007/2/2) とんぼりリバーウォークが御堂筋の橋の下、つながることになりました!(2006/09/13) 近鉄「難波駅」名称を「なんば道頓堀」に。(2006/1/19) 宗右衛門町に風俗規制されたが・・・。(2005/11/8) 精華小劇場・開場!(2004/10/20) ゑびす座復活!(2004/10/20) 舞台芸術総合センターを道頓堀に!(2004/2/18) 大阪市が近年建設したホールなど 角座復活!(B1角座)(2004/2/18) TSUTAYAメガショップを活かせ!?(2003/8/21) 道頓堀を もっと「街ごとシネコン」に(2003/1/6) 扇町ミュージアムスクエア(OMS)・近鉄小劇場の後継劇場を道頓堀に!(2002/8/3) →→→上記提案が、近い形で実現の運びに!(2003/1/6) 道頓堀に並木正三顕彰オブジェを!(2002/6/5) TSUTAYAメガショップを活かせ!(2002/6/5) 演劇関係優遇税制 DTB賞(道頓堀演劇賞)提案 |
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・・・omp選定
大阪松竹座
道頓堀にそびえるクラシックで風格のある歌舞伎の殿堂。演劇場から映画館になっていたものを、平成になって中座(歌舞伎)の後継として歌舞伎劇場に改造。市川猿之助のスーパー歌舞伎にも対応。 国立文楽劇場 新歌舞伎座 なんばグランド花月(NGK)
角座
近鉄劇場<2004.2.4閉館>
大阪を代表するもう一方のお笑い・松竹芸能のホームグランド浪花座は2002年1月末日に閉館(→閉館の口上)した。これで元の浪花五座は全て興行がなくなり、新・浪花五座に後を託した形となった。
このほか、この界隈には松竹系(及び吉本系)お笑い芸人、人間国宝・桂米朝の米朝事務所系落語家の常打ち小屋、トリイホールもある。アートとしてのダンスも。 また、千日前には大阪府立上方演芸資料館「ワッハ上方」があり、落語会などにちょうど良い300人の演芸ホールや、レッスンルームではプロダクションの系列を問わずおなじみの有名人からインディーズまでの落語、漫才、劇が開催されている。 また、映画館も多く、道頓堀の戎橋(えびすばし。俗にひっかけばしとも言う)や道頓堀通りの歩行者天国では路上パフォーマンスなどもある。 |
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1.回り舞台、セリ上がりなどの世界的な舞台技法は、江戸時代の道頓堀の劇場から世界に広まった。 2.380年も劇場街であり続けている地区は、世界でも珍しい。(江戸時代は「浪花五座、江戸三座」と言われたが、江戸は行政指導により度々移動させられた。) 3.現在も、最も新しいタイプの演芸である「お笑い」の殿堂から、少女歌劇や、文楽の劇場までがここにある。 4.道頓堀・千日前通り一帯を「世界的な演劇の街」という、持てる素質をテーマとして活用し、活性化しよう! |

| 提案&NEWS
中国を中心とする大阪観光客は、平面的に歩いて楽しく個性の強いミナミが人気を訪れる。(2008/04/18)
学生獲得競争が激化する中、慶応大もサテライトキャンパスの大阪開設を決めており、関関同立など地元私大にも波紋を投げ掛けそうだ。 早大は千日前のトリイホールに連絡事務所を置き、11月から2008年3月まで毎月1回、同ホールで講座「上方文化再生フォーラム」を開く。テーマは「大阪道頓堀の芸能」「上方歌舞伎いまむかし」など。講師には鳥越文蔵名誉教授、演劇博物館(演博)館長の竹本幹夫教授といった早大教授陣らを派遣する。予算は約250万円で、大阪市が100万円を助成する。 10月下旬には大阪市などが行う映画祭「ミナミ・キネマロードシネフェスタ」にも協力。作品の選定など映画文化再生に提言。一方で学術的評価が高い近松門左衛門の世話物朗読会(トリイホール主催)など地元の企画や、復興支援事業の中で得られた研究成果を早大に持ち帰り、上方文化研究に生かす。 道頓堀は江戸時代には文楽・歌舞伎の拠点である五座が置かれ、戦前までは劇場文化の中心地として繁栄した。早大は東京の本部にある演博が中心になり、ミナミの自治会や商店会が進める「五座文化」の復興事業に協力する。演博は数十万点に及ぶ演劇、伝統芸能の資料を所蔵するアジア最大の演劇専門博物館。 五座のうち現在残るのは、若手芸人中心の演芸場として存続する角座のみ。「五座文化」復活を求める地元と演劇などの研究を深めたい早大側の思いが一致した。 以上引用。これはおそらくその前年から近松プロジェクトとして、英国・ハル大学の湯浅雅子名誉研究員が道頓堀(精華小劇場と早稲田大学演劇博物館で上演)したのが導火線となったと思われる。
それが、御堂筋(の桁下)が低すぎる(歩道の建築基準以下)。河底の構造も古い地下鉄など弱くて新規構造物を受けつけられない、等の理由により、とんぼりリバーウォークは御堂筋の下をくぐれないとする大阪市の検討結果に対し、
この件で以前から道頓堀隣接地権者会(現・とんぼりリバーウォーク振興会)と西道頓堀の
近鉄「難波駅」名称を「なんば道頓堀」に。(2006/1/19)
宗右衛門町に風俗規制されたが・・・。(2005/11/8)
「からほり」では長屋や路地、石畳や坂道の町として、イメージがついてきたので、それらに合ったお店がやってきたり、それらを愛する人が住むようになってきている。(これらはボロボロの空き家を埋める例も多い) もともと、道頓堀は演劇街である。今はエンターテーメント(エンタメ)の世界が広がったので役者も歌手もタレントもお笑い芸人も、またブロマイド(古い!)もDVDもCDも映画もあるだろうが、それらが集中し、「角の飲食店に入ったらスターが食事していた」とか、エンタメ界との臨場感のあるまちを目指せばどうだろうか。
大阪市が近年建設したホールなど
角座復活!(2004/2/18) 2004年2月1日、松竹芸能は現在映画館になっている角座の地下1階をB1角座という名で演芸場として復活した。 ompでは近鉄劇場閉館とB1角座復活を受け、「新浪花五座」について近鉄劇場をはずしてB1角座を準「新五座」(規模が小さいので)として選定します。演芸場の規模が大きくなったら正規の「新五座」とする予定です。 TSUTAYAメガショップを活かせ!U(2003/8/21) 2003年7月11日「TSUTAYA EBISUBASI」がOPENした。西日本最大規模のフラッグシップ店舗で営業時間もAM4時までで年中無休。レンタルビデオ・DVD・CDも充実しているが、映画・演劇帰りにふらっと立ち寄れる1階で、DVD(映画など)を販売するなど「街とのリンク」も考えられている。レンタルビデオでは珍しい洋画系から大阪らしいお笑い系まで意識的に集めてある。有名人なんかも利用するのでは。→関連「TSUTAYAメガショップを活かせ!」 豊富なソフトを利用して個室映画館なんかができると嬉しい。つまり、ドライブイン・シアターの徒歩版・ウォークイン・シアターである。お菓子をパリポリ食べても、赤ちゃんが泣いても気兼ね無く映画鑑賞できたドライブイン・シアターの利点は大きい。排気ガスで環境破壊する心配も無く多くの人が"個室"を楽しめるのではないだろうか。折りしも、世は個室居酒屋ブームである。 道頓堀を もっと「街ごとシネコン」に(2003/1/6) 最近、新しい商業施設はブームのようにシネコン(シネマ・コンプレックス:配給元が異なる多数の映画館)を併設する。しかし、道頓堀は大スクリーンの道頓堀東映・東映パラスも松竹角座1・2(SY角座)もあり、元々まち自体がシネコンであった。界隈にミナミOSプラザや国際シネマ・国際劇場、東宝敷島・敷島劇場、などもあるが、現在では趣味の多様化や上演作品のグローバル化もあって、もっと数が必要だ。(シネコンでは少なくとも7スクリーン、多ければ十数スクリーンが集まっている) 立体映像&体感などの新趣向の映画館もあれば面白い。 扇町ミュージアムスクエア(OMS)・近鉄小劇場の後継劇場を道頓堀に!(2002/8/3)
道頓堀に並木正三顕彰オブジェを!(2002/6/5) 現在、世界的舞台技法となった回り舞台やセリは、日本の歌舞伎から世界に広まったもので、並木正三が今から250年も前に道頓堀角座で使用したものです。(当時は人力。5.4m四方のセリや巨大な回り舞台も) 世界的舞台技法を作り、発展させた並木正三は日本が、そして大阪が誇るべき人物です。
TSUTAYAメガショップを活かせ!(2002/6/5) (株)カルチャー・コンビニエンス・クラブ(以下CCC)は、道頓堀・戎橋に有るビルを借り切って850坪ものレンタルビデオ&CD/DVDのTUTAYAメガショップを2003年7月にオープンさせると発表した。(PDF参照) 同社は大阪発祥で登記簿上は現在も大阪本社の企業である。 かつては映画界などと著作権をめぐって争ったレンタルビデオ業界であるが、それも折り合いがつき、現在は映画文化の推進に役立っている。 単なるレンタル店としてではなく、プライベートシアターなど劇場・集客装置としての役割も果たしてもらうとありがたい。
演劇関係優遇税制 道頓堀地区の劇場施設に対し、固定資産税・事業税の減免。 一方、風俗店・パチンコ店・ゲームセンターなどへ増税。(演劇に浸れるまちづくり)
湊町リバープレイス(O-CATの北に新しくオープンする、道頓堀沿いの大型商業施設)は“オフ・ブロードウェイ”として若い人の新しい演劇の発表場所とする。 O-CAT横にある松竹芸能と協力し、湊町リバープレイスで松竹新喜劇を復活。 演劇の練習場所や演劇・舞台芸術の学校を設置する。 DTB賞(道頓堀演劇賞) 道頓堀地区での興行に対して、優秀作品を表彰する。(大作賞、挑戦賞、新作賞、動員賞) ブロードウェイやイーストエンドなど世界の劇場街と提携し、イベントなどを行う。
3年ごとに街のテーマを決める。(愛、冒険、子供、緑、宇宙…興行のテーマにもなりそうなもの)
障害者や老人にやさしいバリアフリーの街づくり。
吉本興業がプロダクション会社を超えた、世界的お笑いのフェスティバルを計画している(2002.3現在)。行政も是非バックアップすべきだと思う。 新・浪花五座/準・新浪花五座とブロードウェイ/オフ・ブロードウェイの比較 ブロードウェイ:ニューヨーク・マンハッタンの中央部南北に貫く大通りを指すが、狭義には南北で言うと41丁目(41st street)からタイムズスクエア(42丁目との6つ角)を越えて53丁目(53rd street)までの約 m、東西では6番街(6th Avenue/Avenue of America)から9番街(9th Avenue)の区間にある劇場街を指す。(地図「大阪はニューヨークを目指せ」参照)
★が「新浪花五座」。現在は4劇場。 *が「準新浪花五座」。いずれも当omp選定。
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