交通取締りについて →このページについて
 
 

市民が日常最も多く警察と接する機会の一つが交通取締りである。
交通取締りでは市民は取り締まられる側になる場合が多く、
警察による、公正でない、「卑怯」と思われる取締りは多くの反感を買い、
また捕まった人も「運が悪かった」と反省しない。
→参考サイト「交通行政監察官室」「大阪府警をどのように評価しますか」

前者は情報提供者を自ら減らすことにつながり、
後者は国民の順法精神に悪影響となる。
このことは、ずっと指摘されていることである。
(直近では和田秀樹氏が平成16年4月2日産経新聞「正論」で指摘。欄外参照)
→和田秀樹氏「正論」概要

一方、取締りがノルマ制で行われていることは、
「交通違反が減っては困る」という方向性になり、
様々な問題を惹き起こしている。
→参考サイト「自・遊・人」ひとりごと交通取締りについて」

このため、
昭和42年8月1日警察庁乙交次長通達でも
いわゆる点数主義に堕した検挙のための検挙あるいは
取り締まりやすいものだけを取り締まる安易な取り締まりに陥ることを
避けるとともに、危険性の少ない軽微な違反に対しては、警告による
指導を積極的に行うこととし、ことさら身を隠して取締りを行ったり
予防または制止すべきにもかかわらず、これを黙認してのち検挙したり
することの無いよう留意すること。(全文 http://www.geocities.co.jp/MotorCity/1103/42.html)
とされた。

この通達を読んで「信じられない」と言う読者は「警察は卑怯な取締りをするもの」
という固定観念に縛られすぎである。
こんなに正々堂々とした、市民を尊重した立派な通達を、
中央の警察庁では出しているのである。
(なぜ、もっと市民の傍(そば)にいるはずの地方警察が、市民を理解できないのかとても残念。)

さらに、その19年後 
現場の取締りの有り方が再び国民的批判に晒され、昭和61(1986)年道路交通法の
改正に際して、衆議院と参議院の地方行政委員会において、
適正な運用を図るべき」旨の付帯決議が付された。
それを受け、シートベルトなど道路交通法の改正に併せて、「交通指導取締りの適正な運用」
について特別に定められた。((昭和61年10月21日通達)全文。http://www008.upp.so-net.ne.jp/ko-tu-ihan/siryou/tuutatu-3.htm
 
昭和61年10月21日警察庁乙交発次長依命通達
「交通指導取締りの適正な運用
 (1)該当指導活動等の徹底
     広報及び該当指導活動を強化し、道路交通関係法令違反の未然防止に努めること。
 (2)取締りの適正な実施
     取締りに当たつては、取締りのための取締りとなることのないよう特に配慮する
   とともに、交通の実態交通事故の発生状況国民のニーズ等を的確に
      分析し、交通事故に直結する危険性の高い違反、繰り返し違反を犯す
   悪質な運転者の違反、交通の円滑な流れを阻害し、他の運転者に著しい迷惑を及ぼ
       、ひいては善良な運転者の遵法意識をも低下させることとなるような違反等を
   重点とした取締りを実施すること。
 (3)指導教養の徹底
       取締りの場所時間帯内容、取締りに当たつての応接態度等について、
       指導教養を徹底し、適正、妥当な取締りが行われるよう努めること。

と通達されている。

その後一時、速度違反取締りの現場に「速度違反取締り中」という看板が掲示されていた。
そうしなくてはいけないから。と理解していた。
しかし現在全く守られていない。
 

一方今年6月末発覚した、兵庫県警自動車警ら隊による「自転車盗大量捏造事件」
は、「おつくり」「おもらい」の隠語で事件を捏造し、「検挙実績を上げるために、
自動車警ら隊ぐるみで不正が行われていた疑いが強まっている。」その数「200件以上」とも。
これについて、
「関与した警察官は「少しでも検挙率を上げたかった」と供述しているとされ、
警察の点数主義の悪弊が露呈した形だ。」「治安回復は国民の警察への信頼、協力
なくしては達成できないことをもっと痛感すべきである。(いずれも平成16年7月3日
産経新聞・主張・「書類偽造の裏に点数主義」より)
また他紙も「市民の身近で仕事をする強大な組織であるために(中略)不正行為の
とばっちりが我々国民に降りかかってくるかもしれない不気味さを感じる」「国民が
警察組織に信頼感でなく不気味な感じを抱くとしたら、治安の回復など望めるはずも無い
(同日・日経新聞社説・「ノルマで警察の力が育つか」より)

まさに市民にとって「不気味」なのが、この交通取締りである。
車を運転しない人はさておき、運転する人の大半にとって、交通取り締まりは不気味である。
自分たちですら守れない道路規制を押し付け(速度制限順守率0%の、パトカーも違反する道路での検挙、
交差点だけ回転灯をつけて通過し、過ぎたら同僚とダベリング(雑談)にふけるパトカー、etc・・・現状の警察は「警察だから
許される」という一種の「無法者」の印象が強い。)
かつ警告・指導」はほとんど行わず(上記通達どおり、違反を警告・指導で済ませた例はほとんど聞かない)
かつ、予防・制止すべきにもかかわらず全く行わず(標識まで木で隠れたまま放置し)
かつ、身を隠して取締り(通達を無視して、木の陰に黒っぽい私服で)
するのが常態だからだ。 一 例
かかる通達無視、しかも国民の声の最尊重事項である国会決議をも無視する傲慢な暴走は、
満州事変で日本を破滅へ走らせた、関東軍の現代版のようで、誠に「不気味」である。
(※満州事変は関東軍の自作自演の満鉄爆破事件とされる。
現場の暴走のために日本国民が負った信頼損失や負担は甚大である。)

歴史はくり返す。常に現代風に姿を変えて。
 

折りしも、前回の通達(1986年)から18年たった。(1回目の通達から2回目の通達までの期間とほぼ同期間)
そろそろここらで身を浄化してもらわないと暴走は止まらなくなる。
ギリギリの時期である。機構改革を含め早急に警察が変らねばならない。

交通取締り改革が求められる所以である。

<提案>
ニューヨーク市のジュリアーニ前市長の「割れ窓理論」に言うように、
警察の小さな不正を見逃してはならない。
たかだか「交通違反取り締まり」と侮る勿れ。これらが市民の「警察嫌い」の発端となる。
上記通達を警察庁自らが広く国民に知らせ、「これらに反する取り締まりは無効」と宣言すれば、
傲慢な取締りをしていたところほど強烈な打撃を受け、
かかる通達無視、国会決議無視の傲慢な暴走は、即座に止まるのではないか。
(それが「信頼される警察」の第1歩である。)

そうやって、一旦ガチャンと壊した上でこそ、
国民に「身内に甘いばかりじゃない」ことを見せられるのであり
「今度こそ本気だな」と思われるのではないだろうか。

より抜本的課題について話そう。
基本は・・・
「理に適った規則」
「漏れの無い処罰」
遵法精神の"車の両輪"である。
現在の交通取り締まりは「理に合わない(守れない)規則」と「運に左右される摘発・処罰」となっている。
似たような事例がある。

例えば禁酒法。確かに酒は飲みすぎると粗暴になったり死に至るので取締る意義はあるが、全面的な禁酒法を実施しても、市民生活に強いる無理が多く、徹底できない。
それどころか逆にマフィアが暗躍した。法の尊厳を傷つけた悪法として有名。(アメリカ1919年成立。1933年廃棄)

例えばヤミ市(やみいち)。配給では充分な品が回らない為、非公認の市をほとんどの国民が利用した。利用しなかった裁判官が餓死した。(日本1945〜49ごろ)

理に適っていない規則は、守るものがバカを見、徹底的に破る悪人が得をする。
現在の速度違反取締りも善良そうな一般市民ばかりが捕まっており、逆に百数十キロで突破するものや、始めからナンバープレートもついていない(見えない)車は取り逃がしている。


 
速度違反取締りにおける改革案

T欧米では常識となっている85パーセンタイル値(※1)に基づいて、
 @制限速度を見直す
 A道の構造や標識を変える
 上記@Aにより、最低85%の車が守れるようにする。

その上で

U@速度違反の摘発は全て機械で行う。(※2)
  (気まぐれにON,OFFせず、全時間帯常時監視し、全て記録、
   予め定めた基準以上は全て摘発)
 A警察の仕事は摘発された人間の検挙に徹する。



※1
統計学で、「常識的判断」の基準となる数値。これを元に米国では85パーセンタイル速度が「適切な規制を行うためのよい指標」となっている。→「合理性の無いニッポンの速度規制(85パーセンタイル速度について)」

※2
・このためには、機械は正確でなければならない。(誤作動に対しては取締り側に厳しい措置(過去1ヶ月を摘発無効など)が必要)
・機械で読み取れるように、きちんとナンバープレートをつけていない車には、厳しい措置で挑む。(即現場で強制整備、又は逮捕。など)

そのほか・・・

機構改革案としては
・アメリカのように地方警察と連邦警察がかぶりあい、監視しあうことで公正性を保つ。
・昔の北町奉行と南町奉行(江戸)や東町奉行と西町奉行(大坂)のように、交代制で
やることで、相互に監視し公正性を保つ。
(警察は事案によっては裁判官的にもなりがちで、それは環境的に独善的になりやすい。
そのため常に外部の目を意識するように機構を改革する必要が有る。昔の人は良く考えていた。)

事務改革案としては
・「供述調書の改ざんは日常茶飯事である。」と元神戸市長で弁護士であった故・中井一夫先生が我々に嘆いていた。
 「供述書」として本人が自筆で書くように改める。(現在の、警察が代筆する形式が、供述者に無断で
変更してもわからないので改ざんの温床になっているから。)
交通取り締まりは原則として市民団体など代行機関が行い、
悪質なものを警察が取り締まる案。(既に駐車違反では大阪市中央区等で検討されています。)
・逆に取締りのときと全く同じ制服の警官が出て、警告だけにとどめるのを多数行う。
(点数を取ることしかやらないので反感を受けるので、この方法だと信頼につながるのでは。)
罰金をもっと高くする一方、否認や不服の申し立てをやりやすくする。
(←取り締まる側される側双方に法を尊重するようにしむけるため。
具体的には、24時間日曜受付。第3者による「取り締まり調査委員会」設置。
(←現在の監察制度は実質的に警察内部であり機能していないから。))

現在の状況では、「不服」と思っても労力を考えれば、反則金を払ったほうが楽で、
実際現場でもそのような誘導で無理に反則金の支払い(=泣き寝入り)を勧めている。
これは泣き寝入りしやすい小額の悪徳商法を回数多くやるのと同じである。)
・ナンバープレート隠し(フィルターガラスやプレート曲げ)など、意図的な整備不良車や、
駐車禁止の黄色い札をつけた車は、発見の都度、制止させ、運転しにくくさせる。
(駐車禁止の場合は摘発が適正であることが前提)

新提案(200411.11)
(レーダーは電波を発射するので)定置ビデオなどでの調査で、
違反率が減ったら、警察官各人ではなくチームとして評価(全員にポイント)
されれば良いのではないか。
そのためには「この路線チーム」とか「この地域チーム」とか分担を決める必要がある。
違反の数が多いほど評価されるのは発想的におかしい。
だから標識もちゃんと整備しないし、隠れて取締り、市民の反感を受けるのだ

制度改革案としては
・規制は、公安委員会が決めることになっているが、結局警察が行っているのと同じで、
各市議会の委員会や、自治会などもっと市民レベルで決定するようにする。
ただし道路は地域で独立して存在し得ないので、広い視野も確保すること。
この際、JAFなど運転手側の意見とのすりあわせも尊重されなければならない。
いずれにしろ、大阪府で5人は余りにも少なすぎる。

本件について広くご意見・ご感想を募集します。omp山根
メールを出す。
                                          



(昭和42年8月1日通達)全文はこちらでも見れます。
http://www.geocities.co.jp/MotorCity/1103/42.html

(昭和61年10月21日通達)全文はこちらでも見れます。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ko-tu-ihan/siryou/tuutatu-3.htm

(平成16年通達)で
「これら通達に反する取り締まりは全て無効」と出し、取締りの暴走が粛清される事を切に願う。




精神科医 和田秀樹氏 の 今年(平成16(2004)年)4月2日産経新聞「正論」
「目に余る昨今の警察不祥事・法の執行者に徹して国の治安回復を
(抜粋)
「(日本の法律の中には)厳格に適用されず、取り締まるかどうかが警察の裁量に任されているものが多すぎる」
たとえば、30キロ制限の道路などは、自動車の性能が良くなった今はとても守れそうに無いような
ところも多数ある。そして、それに対する取締りが気まぐれなものなので、警察が見ていなければ
制限速度は有名無実となる。逆に警察が見ていて捕まった場合も運が悪かったということになり、
これは国民の順法意識を阻害する。
 愛知県警では県会議長と県警幹部による違反もみ消し事件が発覚したが、このような噂は、
私も地方勤務していたころは絶えなかった。県会議員に話をつけると違反の事実が消えると言うのだ。
本来は、守れないような法律を作る議員に文句を言うべきなのに、議員に泣きを入れて、それが利権化する。
これが法治国家といえるだろうか?
「交通違反を含めて、その法がきちんと守れる種類のものかを吟味し直すべき
「その代わり、一度法律で禁止した以上は、徹底的に取り締まる。
「警察の不祥事は、ただ臭いものにふたをすることより、警察や法の有り方を問い直すチャンスにしたい。」




このページについて

このページは、市民の目から見た「あるべき警察の姿」を考えるために立ち上げました。
日頃感じる問題点や疑問を基に書いているため、記載がマイナス点中心になりますが、
善良な多くの警察官が、それこそ命がけで悪と戦っていることが、依然、「安全な日本」を
支えていることは言うまでも有りません。
しかし、多くの市民は、犯罪に遭うまでは、「なるべく警察との関わりを持ちたくない」と
避けて通ったり(落し物を拾ってもなるべく施設事務所に届け、警察を避けたり)、
交通取締りのあり方に不満を持っていても、堂々と警察には伝えません。
(陰で言うばかり)
そのくせ、大新聞が警察不祥事を批判しだすと批判一色になる。
(これは、常々不満を持っている現われとは思うけれども。ただ新聞各社も事件ネタは
警察からもらう立場で、その方が自分で取材するより楽だから、批判はゼスチャー程度
で長続きしない。)
それではいけない。
それでは相互に信頼関係は醸成されないのは当然で、それが無ければ
日本の治安維持に重大な壁となるのは明らかです。
(昨今のグローバル化、外国人の不正流入から考えて、市民との
連携が無ければ、警察は無限に人手と予算が必要になります。)

私たちは、20年以上にわたり警察報道を記録し、その問題点を考えてきました。
特に交通については自身がゴールド免許・優良運転者表彰であるだけでなく、
事故を誘発するような標示・表示については、警察と掛け合い、
改善させてきました。(阪神高速三宝出口道路標示や四ツ橋筋中央大通り交差点、その他
パイロンの不適切設置や混雑場所での路上営業など)
また、タクシーの増加と交通渋滞と市民福祉を同時に解決する試案「タクシー初乗りを1キロにして
300円に」は多数の支持を得、マスコミの取材も受けています。

最近また警察の不祥事が目立つのは、「市民の役に立っている」とか「感謝されている」
といった外部からの実感が無い一方、署内での不合理な押し付け(ノルマやいじめを含む)
といった内部の不満があるからではないかと思います。
私たち市民は、警察のためにも多額の税金を費やしていますが、危険も伴う仕事には
カネだけではダメで「士気」が重要になります。
しかし現状ではジリ貧です。
それらの原因は「国民の警察離れ、無関心」に有ると思います。
大多数の国民が自動車運転免許証を所有する今日、
その根本的な原因が、「車を走らせたら、みんなが違法者」となる
現在の「不気味な」交通制度にあるとすれば、その罪は余りに重大です。

このページは、交通取り締まり問題をそうした見地から、真剣に大切に思う方に
読んでいただきたいと思います。
警察の方におかれましては、真摯に受け止めて、早急に改善・改革に役立てて
いただければと切に望みます。
マスコミの方におかれましては、上記主旨をご理解戴き、批判のための批判で無い、
市民と警察の相互信頼関係の復活のために、ご尽力いただければ幸いです。

このページの作成にあたり、ご協力いただいた方々、参考とさせていただいた
各紙、書籍、ホームページに感謝いたします。

市民に愛される警察の復活を祈って。

                            平成16年(2004年)8月7日
                            大阪まちプロデュース
                            山根 秀宣
 

※明治、大正期の警察官は偉かった。台湾では、命を懸けて暴動から
村民を守って殉職した巡査が「神様」になっており、今だに台湾人から崇敬されている。
 



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